組替や異動について考える
こんにちは、くららです。
2回に渡って95期生について書いていましたが、やはり気になるのは組替えですね。
初舞台後に組配属されて、月城かなとくんと朝美絢くん以外組替えを経験していません。

今までのトップスター、2番手スターを振り返ってみても、組替え経験者が半分以上を占めています。
「コロナ」が無かったとしても、組替えはあったでしょう。

スポンサーリンク



現在「コロナ」の感染防止のために、全組そろって止まっている状態です。
スケジュールに追われて「忙しすぎる宝塚」で、こんな止まった状態はいまだかつて無かったことです。

「すでに行っている公演のお稽古」や「ファンやご本人の心情」を考えなければ、この時が止まっている時こそ、異動がスムーズに行える時です。
もしかして、この休止後に異動の発表があったりするのでしょうか?

舞台でお別れの挨拶をしないまま、「異動するなんて、嫌!」ですよね。
しかし「後からわかる組替え」は、過去にいくらでもありました。

花組に戻って来なかった瀬奈じゅんさん

私が衝撃を受けたのは、瀬奈じゅんさんの月組組替えです。
花組生え抜きの春野寿美礼さん&瀬奈じゅんさんの「おさあさ」コンビは、2人ともAB型で相性が良くて、グラフ誌で1年間「お悩み相談室」をしたり、実にイキの合った悪ガキコンビでした。
春野さんがトップに就任して3作目の90周年の記念公演『天使の季節』では、あさこさんのアッサーラ王子がとても面白くて、大爆笑して幸せいっぱいの新年でした。

しかし「2番手シャッフル」というものが90周年の記念企画として行われて、2番手だったあさこさんは次の公演は月組に出演しました。
その後、あさこさんは月組生と一緒にコンサート「SENA!」を上演しました。
そして、12月16日に「月組次期トップスターに内定」と公表され、翌日付で月組生になってしまったのです!
翌年2月4日からの月組「エリザベート」に、あさこさんはエリザベート役で出演し、その公演で退団する彩輝直さんの後を継いでトップスターに就任しました。

月組にシャッフルで出演しただけと思っていたのに、花組の舞台を踏むことなく月組生になり、そして月組での「エリザベート」という娘役が、俺様の芸風のあさこさんにはマッチしていなくて気の毒で…
残念な思いが残った組替えでした。(トップに就任されてからは素敵でした)
90周年の記念運動会では、花組生として出場して「おさあさ」のイキの合ったコンビぶりを見せてくれていました。
余計にその後の「発表翌日の組替え」が残念でした。

12月16日は、下記の人事の発表もされていました。

水夏希さん 宙組→雪組
真飛聖さん 星組→花組
紫城るいさん 月組→宙組
白羽ゆりさん 雪組→星組

全部トップ人事にからんでいますね。

組に戻って来なかったスターたち

1998年1月「香港公演」の選抜メンバー45名が宙組生となりましたが、当初の発表では「香港公演メンバー」ということのみでした。
そのメンバーが「新しい組の組子」だったと後日公式発表があって、ファンは初めて知りました。
当事者の生徒さんたちは、噂で聞いていて「新しい組かな?」と思っていたそうです。

「TAKARAZUKA1000days劇場」との兼ね合いもあって、新しい組が誕生することは、なかなか公表されなかったようです。
そのため組によっては、「香港公演に行ってらっしゃい!」と舞台で見送ったら、戻って来なかったということもあったようです。
雪組の花總まりさんは、9月~11月に宝塚大劇場で轟悠さんのトップお披露目公演『真夜中のゴースト/レ・シェルバン』のヒロインをつとめて、宙組に組替えとなってしまいました。
よく「花總さんと轟さんの不仲」とか噂されていますが、はじめから異動が決まっていました。

宝塚の公式発表は、様々な所との関係があるので、遅くなる傾向にありますね。

「組替え」は、組を移るだけで舞台でまた会えるので、寂しいと言いながらも、新しい組での活躍が楽しみな面もあります。
新しいスタートだった宙組のことを思ったら、そんなにショックでも無いかなと思えてきました。
あさこさんも月組の公演に行けばいつも見れました。

1組が誕生した時の大シャッフル

宙組
・トップ 姿月あさと(月組から)
・トップ娘役 花總まり(雪組から)
・2番手 和央ようか(雪組から)
・湖月わたる(星組から)
・朝海ひかる(花組から)

花組
・矢吹翔(雪組から)
・霧矢大夢(花組から)

月組
・紫吹淳(星組から)
・初風緑(花組から)

雪組
轟悠
・トップ娘役 月影瞳(星組から)
・香寿たつき(花組から)
・汐風幸(月組から)
・檀れい(月組から)

星組
麻路さき
トップ娘役 星奈優里(雪組から古巣へ)

この大シャッフルによって、新しいトップコンビが3組生まれました。

姿月あさと×花總まり
(後に花總まり× 和央ようか)

轟悠×月影瞳

麻路さき×星奈優里
(後に稔幸×星奈優里)

シャッフルしたトップコンビの方がしっくりきますね。
良く考えられている組み合わせだと思います。
トップの人事は大成功でした。

しかし2000年6月に各組の2番手・3番手10名を「新専科」(俗称)と言われる専科に異動させました。
10名のうち1作トップ2人を含めて6人がトップスターに就任しています。


この時代のスター制度に比べると、今は路線スターの数がとても少なく絞られていて、新専科に10名異動させるような状況ではありません。

また、東京宝塚劇場ができるまでの繋ぎの「TAKARAZUKA1000days劇場」が1998年5月30日から2000年12月13日まで仮設劇場として開設されて、東京の通年公演が可能になりました。

1998年は宝塚にとって大きな変革の年になりましたが、大盛況になるための基盤作りがされた年であり、その年があったからこそ、今の宝塚の繁栄に繋がっていると思います。
現在コロナの休演という大きな痛みの中にありますが、その出口も見えてきました。
この痛みも宝塚の次なるステップの基盤になって宝塚の隆盛につながっていくことを信じています。

ここまで読んでくださってありがとうございます。
ランキングに参加しています。ポチッとバナーをクリックしていただけると嬉しいです♪
にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 宝塚歌劇団へ
にほんブログ村
いつも応援してくださってありがとうございます。

twitter


スポンサーリンク