こんにちは、くららです。
「誰がトップスターに就任するか?」は、宝塚ファンの最大の関心事です。
スカイステージで放送された番組を見て、「へぇ、そうだったの?」と意外だったことがあったので、ご紹介したいと思います。
その番組は、『小林公平メモリアルトーク&プチコンサート Part1 愛華みれ×稔幸』です。
今年の5月15日に逸翁美術館マグノリアホールでのコンサートを撮影されたものでした。
愛華みれさんと稔幸さんの、同期ならではのトークがとっても楽しくて、笑い続けながら番組を見ました。
ピアノは、お馴染みの吉田優子先生。
MCは元星組の朝峰ひかりさん。
愛華みれさん(元花組)、稔幸さん(元星組)、真琴つばささん(元月組)、轟悠さん(元専科、雪組)は71期生の同時期4人のトップスターとして、とても有名です。
訂正 トップ就任時の学年を間違っていました。
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トップスター事情
トップスター就任時期
「同時期のトップスター4人」と言っても、多少時期がずれていました。
真琴つばさ
・1997年2月3日、月組トップスターに就任。(研1412)
・2001年7月2日退団。(宝塚大劇場)
轟悠
・1997年5月6日、雪組トップスターに就任。(研1513)
・2002年2月12日、専科異動。(2001年8月27日発表)
・2021年10月1日退団。
愛華みれ
・1998年10月6日、花組トップスターに就任。(研1614)
・2001年11月11日退団。
稔幸
・1998年11月24日、星組トップスターに就任。(研1614)
・2001年10月1日退団。(宝塚大劇場)
真琴つばささんのトップ就任が、愛華さん、稔さんのトップ就任より、約2年弱はやかったです。轟さんも約1年半はやい。
トップに決まる前のふたりの葛藤
稔: 「新人公演の主役とかさせて頂いて、順調かと思いきや、意外とトップになるのは遅かったんですね。もしかしたら、このままならないで終わってしまうかなぁという時期もあったんです、正直ね。だけどある時、タモちゃんが来て、『とにかく頑張るんなら頑張ろうかなぁ』と腹を割って話して、タモちゃんがもうちょっと頑張ると言わなかったら私は辞めてたかなという感じ」
愛華:「同期がね、そうやって頑張ってくれてたから、踏ん張りましたけど、いやいや無理かなぁと思って、『ノルどうする?』って聞いたんです。『タモが頑張るなら』って言ったから、私もよっしゃ頑張ろう!と思いましたよね」
ファンの側からは、愛華さんと稔さんはトップスターになる方だと思っていましたが、ご本人たちの中に「トップになるのは無理?辞めようか?」と葛藤があったなど、思ってもいませんでした。多分真琴さん、轟さんのトップ就任の発表があった頃でしょう。
ここで、71期生4人が遅めのトップ就任をされ、通常任期をつとめられたため、その後トップ候補のスターの大渋滞が起こって、「新専科」が設けられたりしました。
2000年6月1日付けで新しい専科制度が導入されました。
お二人は、全く同時期にトップスターに就任され、同時期に退団されました。
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退団を決めた時
朝峰:「退団の時はお互いにあったんですか?」
稔:「私が言いに行った時には、愛華もやめるって言ってた。『言ってよ!』と私は思ったけど、マミちゃん(真琴つばさ)の退団が決まってて…」
愛華:「みんなで並んで、同期じゃないと知った時に、今辞めなきゃあと思ったというか、同じ同期生と一緒に辞めたいという空気が来たんですよね」
愛華:「公平先生がライバルとか同期の良さを仰っていたから、そういうのを思い出したら、マミが辞める、誰が辞めるっとなった時に、残されるの嫌だぁと思ったんですよ。まんまと轟を残したんですけど」
稔:「受け継いでくれたねぇ」
愛華:「若いから」
トップスターに就任する時に、任期が決まっているという話もありますが、お二人の会話を聞いている限りは、ご自分で退団を決めて劇団に言いに行くようです。
真琴さんの退団公演は、宝塚大劇場は2001年の7月でしたが、東京は2001年1月からの東京宝塚劇場こけら落とし公演でした。そのため退団発表は、退団日より随分早めにありました。
そして真琴さんの退団を知ってから退団を決めた稔さんの退団公演も、東京が先であったため、退団発表も愛華さんより約3か月先にありました。その後愛華さんの発表でした。
劇団に告げたのは愛華さんが先ということでしたが、組の公演状況が違うので、劇団に退団を告げる時と退団発表は前後することはあるようです。
轟さんについて
朝峰:「轟さんは去年の10月まで現役さんで頑張られて、そういうお仕事をご覧になっていてどうですか?」
稔:「もう誇りでしたよ。あのポジションのまま30年程やっていたということは。いろんな重責もあったと思いますし」
愛華:「あの緊張感は、あれをずっとトップでやって来たと思うとビックリです。私なんかトップになった段階で、限界、限界と、アップアップしていたけど、それをイシちゃんずっとやっていたんだと思うと、すごいなぁと思いますね」
稔:「しかも最初は泣き虫の三つ編みちゃんでね」(轟さんは中卒で音楽学校に入学されたので、4人の中では一人だけ年少でした。)
愛華:「それを知っているだけに、本当にね」
稔:「見る度に、勇気と私たち頑張らなければと思っていました」
轟悠さんは、昨年の10月1日付で宝塚歌劇団を退団されて、その後何も音沙汰がありません。
退団前のインタビューで、退団後は「決めていないというのが正直なところ」と話されながらも、「風の便りで、皆様のお耳に(活動情報が)入ればいいかな」と、未来をにおわせる発言で締められたと言う記事がありました。
退団されてまだ1年経っていないので、そのうち「風の便り」があれば良いなと思っています。
また、71期生のトップスター4人(真琴つばさ、愛華みれ、稔幸、轟悠)で、周年のコンサート等を開催されています。(5年ごと)
4人の芸歴35周年を記念しての「IV voice-テトラ ヴォイス-(71st Special Show)」が昨年の2月でした。
この時は、同期OGの愛華みれさん、真琴つばささん、稔幸さんと共に現役の轟さんが出演されて、今後も開催していくと話されていました。
40周年には、轟さんも参加されることを信じて待っています。
とても前向きでで天真爛漫な愛華さんと冷静でちょっと毒舌で楽しい稔さんのトークは、本当に楽しかったです。再放送されることがあったら、是非ご覧になってください。
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同期のライバルがトップスターという心理
一緒に育ってきた同期生がトップスターに就任したという事実は、「自分も頑張ろう」と、とても励みになるようです。
トップに就任された他のスターたちからも、こういう話はよく聞きます。
ほとんどのタカラジェンヌは「トップスターになりたい!」という熱い夢を抱いて、宝塚にはいってきます。
しかしトップスターになれる人は限られているので、宝塚生活を送るうちに、夢はトップスターではなく、自分なりの目標に変わっていく方も多いでしょう。
でも、新人公演の主演、バウホールの主演、東上公演の主演と段階的に上がってきているスターは、トップスター就任をターゲットにされていると思います。
応援しているファンも、もちろん。
望海風斗さんの話では、応援してくれるファンの方々の「トップになって欲しい」という熱意が、頑張る原動力になったと話されていました。
現時点の宝塚は、今まで以上に「誰がトップスターに就任するのだろうか?」とファンにはなかなかよみにくい状況です。
ファンがトップスター候補と思っている方々にも、直前でないと内定は出ないのではないか?と思います。
愛華さんや稔さんのように、不安になりながらも「諦めないで頑張ろう」と頑張りつづけているスターに、トップスターという栄冠はめぐってくるのでしょう。
現在の各組2番手さんには、みんな同期のトップスターがいます。
花組 水美舞斗(95期)
月組 鳳月杏(92期)
雪組 朝美絢(95期)
星組 瀬央ゆりあ(3番手、95期)
宙組 芹香斗亜(93期)、桜木みなと(3番手、95期)
同期の頑張りがより励みになっているのでしょうね。
既に3人がトップに就任している95期生は、よりその思いが強いのでしょうか?トップスター候補も多いです。
花組と星組の違い
トークを聞いていていて、とても「面白い」と思ったので、紹介します。
愛華:「星組さんがCDとか作る時、コーラスをなさいますよね。何故なんですかね」
吉田先生「コーラス、星組が凄かったです。もうねぇ、鍛え方が違う」
愛華:「出雲さんの指導のもとにですね。もう職人さんのようにね。今OG公演でも、コーラスと言えば星組がパッーとお出になるから、もう安心して、よろしくお願いしま~すと、身を委ねられるので、それは素晴らしいです」
吉田先生「花組と正反対でした。今でこそ花組もちゃんとコーラスしますけど。揃えるとか、花組にはそんな観念は無かったです」
愛華:「花組は『揃えてはならぬ!』という家訓がありまして、それを個性と言うんですけど、個性を打ち出してナンボだと教わって、大浦みずきさんのバウホールの時に、若手10人が録音に集められて、みんな変えて10人違うキャラクターになったんですよ。そうして生きていかなければ生き残れないというのを貰ったんですよね。コーラスは絶対に揃わない!」
吉田先生「どうして揃えなきゃあならないの、そんな感じでしたよ花組は」
愛華:「稽古場で先生に言われて、その時間だけは揃えるんだけど、先生がどこかに行かれると、またみんな自分勝手に。個性を出したかったんです」
稔:「星組はね、とにかく定規で計ったようにやっている方が多かったんです」
愛華:「私たち71期生は、予科も本科もコーラス金賞取ったんですよ。私たち実はコーラス得意なんじゃない?」
稔:「得意なんじゃない?後は花組の心の問題よね」
愛華:「だから花組からスターが沢山生まれたもんね。だいぶ出ていきましたよ」
この個性の打ち出しは、高汐巴さんがトップ時代からの流れですね。
安寿ミラさん、真矢みきさん、真琴つばささん、愛華みれさん、香寿たつきさん、姿月あさとさん、紫吹淳さん、匠ひびきさんと、高汐巴さん大浦みずきさんがトップ時代の花組から、沢山のトップスターが輩出されています。
そして当時コーラスが得意だった星組には、稔さんの2期上に 出雲綾さん、ちあきしんさんがいらっしゃいました。
出雲綾さんは、宙組創設期から副組長に就任され、その後組長となられ、「コーラスの宙組」の礎になられました。
その後専科を経て月組組長、そして退団。劇団四季でも活躍されていました。
ちあきしんさんは、退団後にアメリカに留学され、帰国後は、舞台を中心に女優、また宝塚など舞台の歌唱指導で活躍されています。
歌唱に秀でた方の存在は、その組の歌唱が充実する大きな力となり、組の伝統にもなっていくのですね。
愛華さんや稔さんが現役で活躍されていた頃は、「コーラスの星組」だったようですが、現在は「コーラスの宙組」と言われることが多いですね。
そして揃えるのが得意だった星組も、紅ゆずるさんがトップ時代に、「個性を輝かせること」を徹底的に仰っていたので、今では星組のスターが一番個性的な印象があります。
7月に放送された「20周年!〇組からのメッセージ」でも、星組生たちの個性の打ち出しが強くて、とても面白いと思いながら見ました。
愛華さんや稔さんの時代から25年経っただけですが、「組の色」も変化していますね。
宝塚には脈々と受け継がれている伝統がありますが、そしてその時々に加味されるものが違うので、それらが面白く混ざり合って、組によって様々な色合いを魅せてくれていることは、本当に面白いです。
そしてコロナ禍の現在は、各組とても団結して、さらに宝塚全体で深い絆を結んで、熱い舞台を魅せてくれています。
この今までになかった熱い舞台が中止になるなんて、本当に勿体ないです。
これ以上公演が中止になることがありませんように。
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