天海祐希 「退団について」 徹子の部屋
4月10日に放送された『徹子の部屋』に、天海祐希さんが出演されました。
そこで徹子さんから、「どうして2年で宝塚のトップスターを辞めちゃったの?」と聞かれて、今まであまり公にされていなかった真相を明るく語られました。

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天海祐希さんに憧れた宝塚スターがいっぱい!

89期七海ひろきさん、望海風斗さん
89期には「海」がつく芸名のタカラジェンヌが沢山。
その中でも先日退団された七海ひろきさんは、天海祐希さんのファンだと良く話されていました。退団される直前の「カフェブレイク」出演の時も、「憧れている人はという質問に天海祐希さん」 とこたえていました。
望海風斗さんも、学生時代に毎日天海さん宛の日記をつけるほど、天海祐希さんの大ファンだったことは有名で、だいもんのトップお披露目公演のショーでは、憧れの方への日記を書くシーンまでありましたね。
97期の永久輝せあ
天海さんとお誕生日が同じことが、ひとこちゃんの自慢。そして芸名「せあ(sea)」は、英語の海から。

天海祐希さんが宝塚のスターだったことがキッカケで宝塚を受験したタカラジェンヌはとても多いと思います。
「海」がついている芸名の大半の方がそうなのかも?
裏を返せば、天海祐希さんが宝塚のスターになっていなかったら、現在の宝塚のスターも存在していなかったかもしれません。
在団されていた時もスターとしてとても大きな存在でしたが、その後の「宝塚」にも影響を与え続けられた貴重な存在の方ですね。

徹子の部屋でのお話

上野の下町生まれの下町育ち。お祭りが大好きで、
兄と弟と両親の寺内貫太郎一家のような仲の良い「熱血家族」の中で
チャキチャキ生粋の江戸っ子として育ったそうです。

徹子

天海さんて方はトップスターにおなりになって、宝塚で男役で、本当に大スターにおなりになったのに、2年でお辞めになっちゃったのね。
どうして2年で辞めちゃったの?

色々な要素があったんですけど…
ちょうど後々こういうスケジュールになりますよ、と月組のプロデューサーの方に先々のスケジュールを見せていただいて、その時にちょうど2年後の12月がパァーと光って見えているような気がしたの。
それが自分が大好きだった、一番最初に大きな役をいただいた『ミー・アンド・マイガール 』というミュージカルを再演しようと思うと言っていただいて、
あっ、コレだ。コレで私はやめようと思って、私コレで辞めますと言ったら、
プロデューサーが、「はっ?」
ここで辞めますと!
徹子

みんなにどんなにチヤホヤされても自分のこととは思えない、お父様の教えがあったの?

父から「年相応 分相応でいなさい」とずっと言われていて。
「100万円のプレゼントをくださる方も、例えば10円のアメをくださる方も、お前を思う気持ちは一緒だ」と言われていて。
そんなのわかっている気持ちでいたんですけど、
でも年を重ねていくと、言われている意味が本当にわかってきて。
年相応というのは大事だと思う。

トップスターのスケジュールを見せてもらった時、つまりトップスターになる前から、2年後の12月の『ミー・アンド・マイガール 』で退団すると決めていらしたのですね。
宝塚では、『ファンからプレゼントをもらう』というのは「当たり前」の世界で、特にトップスターになるとその度合いは強くなる傾向にあるでしょう。
安いお給料だけで、スターに見合う身なりを整えることは難しい。
「年相応 分相応でいなさい」ということとは、かけ離れた世界と言えます。

幼稚園のお遊戯で、先生が「ゆりちゃんは、声が大きくてお芝居上手ね」と誉めてもらったことがきっかけで「ゆりちゃんは、お芝居する人になる」って決めていたそうです。
中学時代は演劇部に所属。映画『きつね』のオーディションに応募し、予選を通過したものの、全国大会前に両親に反対され断念された経験があるようです。
退団後に「幼い時から女優になりたくて、宝塚は女優になるための通過時点だった」ということもおっしゃっていました。

天海祐希の在団時の男前伝説

舞台の稽古の22時以降の出待ちを禁止にした
若い女性が遅い時間に何かあったら大変。待っていると心配で稽古に集中出来ないから。

普段はファンに対して塩対応だったが、「お茶会では握手も写真撮影もします」とお茶会ではファンとの交流につとめた。
手際の悪いスタッフを叱り、自ら進行をされた時もあったとか。

退団時にファンクラブの全員に差をつけず、平等にワイングラスを贈った。
高級なワイングラスだったそうで、ファンクラブの余剰金を清算されたのかな。
「100万円のプレゼントをくださる方も、例えば10円のアメをくださる方も、お前を思う気持ちは一緒だ」というお父様の教えを守られたのでしょう。

徹子さんとお互いに親交のあった故・津川雅彦さんの話になった時に「お前は男だ」と言われていたと笑って話されていましたが、退団当時からの男前な潔さは今も変わらないようです。

徹子

何歳におなりになったの?

52ですかね。
徹子

ご結婚は?

このまま一人でいくと思います。若い時は結婚するかなと思った時もあったけど。
あきらめてはいないけど、私は結婚しないです

と潔く男前におっしゃっていました。

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天海祐希さんプロフィール

1967年8月8日生、東京都台東区東上野出身。身長:171cm。研音所属。本名:中野祐里(なかの ゆり)

高校入学後にバレエ教室「バレエ・アート」に通い、高校2年修了時に宝塚音楽学校を受験し首席で合格。
73期生、1987年初舞台。同期は姿月あさ、匠ひびきなど。在団時の愛称:ゆりちゃん

宝塚入団後は、研1で『ミー・アンド・マイガール 』の新人公演の主役に抜擢。
研7(正式には入団後6年半)で月組トップスターに就任。
2年後1995年12月『ミー・アンド・マイガール 』で退団。
後任になる月組男役トップスターは3代(久世、真琴、紫吹)天海より上級生だった。

退団後は女優としてドラマ、映画、舞台など幅広く活躍し、2005年に主演したドラマ『女王の教室』では高視聴率を記録。
その後も主演ドラマが高視聴率を獲得し、「視聴率の女王」と呼ばれた。
女性からの支持が多く「理想の上司」に選ばれることも多い。

舞台(出演ジャンルが幅広い)
・「子供の事情」(作・演出:三谷幸喜)
・劇団☆新感線「修羅天魔〜髑髏城の七人 Season 極」(作:中島かずき 演出:いのうえひでのり)
・NODA・MAP 第22回公演「贋作 桜の森の満開の下」(作・演出:野田秀樹)

ドラマ
2019年4月11日~ EX系 毎週木曜21時「緊急取調室3」主演 真壁有希子 役

映画
2019年10月11日(金)全国公開「最高の人生の見つけ方」吉永小百合×天海祐希W主演 剛田マ子 役(監督:犬童一心)

急ピッチで宝塚のトップスターに昇りつめて、あっという間に退団され、今や“伝説のトップスター”のようなイメージの天海祐希さん。
五十路を越えても驚くべき美しさと若さを保っていらっしゃって、いつまでも皆の憧れですね。

今回の徹子さんとの対談から、天海さんがトップに就任された25年前から「約2年間の宝塚の公演スケジュール」は決まっていることがわかりました。
天海さんの場合は、特別にはやすぎる退団でしたが、どのトップさんも就任と共に「いつ退団するか」ということを意識されるようです。
新陳代謝しながらスターが生まれてくる宝塚の宿命は寂しいものです。
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