
こんにちは、くららです。
月組の東急シアターオーブ公演『NINE』が、無事に千秋楽を迎えました。ライブ配信で視聴しました。
ネット上の観劇評などでは「暗くて受け止めきれなかった」「何を訴えているのか分からない」という戸惑いの声も散見された本作。
確かに、映画版の持つ強烈な毒気やエゴティズムを期待した方や、従来の分かりやすい宝塚のハッピーエンドを求める方にとっては、一筋縄ではいかない難解な作品だったかもしれません。
しかし私は、「宝塚版としてギリギリのラインを攻めた、上質な表現」であったと思っています。
千秋楽のカーテンコールで、トップスター・鳳月杏さんが語ったあまりにも深い言葉の数々を受け止めながら、今回の月組版『NINE』が残した偉大な足跡について語っていきたいと思います。
「芝居の月組」の証明と、職人芸が光るナンバー
鳳月さんはご挨拶の中で、男役の女性役チャレンジに触れつつ、こう語られました。
「今となってみれば男役娘役というものは関係なく、本当に一人の人間としてみんなが一人一人舞台の上で息づいている姿がとても印象的でした。それは人生参加と言われている『NINE』の素晴らしさだなというふうに実感しております」
耳で聴いた「人生さんか」という響き。一瞬「人生賛歌?」と思いましたが、泥臭くとも一人ひとりが自分の足で立って人生にコミットする「人生参加」の意味ですね。まさに「芝居の月組」の本領発揮です
それぞれが演じる役を限界まで深め、舞台上でただのキャラクターではなく「一人の人間」として生々しく息づいていました。
さらに驚かされたのは、その卓越した歌唱力です。「さすがブロードウェイミュージカル」と唸らされるような、音域が広く極めて難解なミュージカルナンバーの数々。これを、出演者それぞれが完璧に歌いこなしていたのは、まさに「職人芸の月組」と言うほかありません。
この難解な作品に、鳳月さんを中心とした今の月組が本気で取り組み、血肉化させたこと。それは今後の月組にとって、計り知れないほど「月組の大きな遺産」になることは間違いありません。
劇的な進化を遂げたトップ娘役・天紫珠李さんの矜持
個々のキャストの細かな感想は多くの方が語られているのでここでは割愛しますが、鳳月さんと共に退団されるトップ娘役の天紫珠李さんの素晴らしさだけは、書き残しておこうと思います。
もともと芝居力には定評があった天紫さんですが、今回も妻・ルイーザの複雑に揺れ動く心象表現が本当に巧みでした。
そして何より驚かされたのが、その「歌唱力の劇的な進化」です。失礼ながら、これまでは歌がそこまで得意なタイプではないという印象を抱いていましたが、今回の難解な楽曲の数々は、聴いていて心地よく素晴らしい仕上がりでした。
娘役特有の高音ではなく、アルト中心の音域だったことが彼女の声質にマッチしていたのかもしれません。音域を無理のない範囲に合わせていた演出の妙もあるでしょうが、退団が近づくにつれて歌唱力をグッと引き上げてくるトップ娘役の底力、その見事な典型例を天紫さんに見た気がします。
本編の重厚なお芝居から一転、フィナーレでは娘役さんたちを引き連れてバリバリと踊る天紫さんがとにかく生き生きとしていました。さすが元男役さん。圧巻だったのは、鳳月さんとの大人っぽいデュエットダンスのラストです。鳳月さんの太ももの上で、綺麗に背中を反らせてポーズをキメた天紫さんの姿は、まさに神業のような美しさ。
退団を目前にしたコンビだからこそ到達できた、究極の信頼関係の形がそこにありました。
鳳月杏にしか成し得なかった、愛すべき「最高のクズ男」
そして主演の鳳月杏さんでなければ、このグイードという役は絶対に成立しなかったと思います。
鳳月さん自身も、ご挨拶の中でこう振り返っています。
「私も今のこの瞬間でなければ、グイードというお役は演じられていなかったと思っておりますので、人生においての全ての事柄に感謝しております」
劇中のグイードは、40歳にして枯れ果て、周囲の女性たちを誰も幸せにできない徹底した「クズ男」です。普通に演じれば観客の共感を得るのが難しいこの役を、鳳月さんは見事に昇華させてみせました。
鳳月さんが演じるからこそ、そのクズ男の中に母性をくすぐるような「可愛さ」が滲み出、胸を締め付けるような「哀愁」が漂い、抗えないほどの「色気」が立ち上る。だから、どうしても許せてしまうのです。
過剰に作り込むのではなく、舞台の上に「自然に立って生きている」鳳月さんの男役としての圧倒的な説得力。高すぎる腰の位置で着こなすスーツ姿、サスペンダーの最高に格好良い佇まい、そして苦悩のなかで髪の毛をクシャクシャにする仕草ひとつに至るまで。そのすべてが計算し尽くされた大人の美学に満ち溢れていました。
指田先生の「本気」と、宝塚の魔法が仕掛けたフィナーレのカタルシス
鳳月さんは、潤色・演出を担当された指田珠子先生へ、最大の賛辞と感謝を贈られていました。
「宝塚版ということで色々悩まれることもおありになったかなと思うんですけれども、躊躇することなく、本気のナインを作ってくださいました。おかげで、私たちもチャレンジすることができました」
宝塚の枠組みの中で、この毒気の強い海外ミュージカルをどう描くか、指田先生の葛藤は並大抵のものではなかったはずです。しかし、先生は決して守りに入ることなく、月組生の力を信じて「本気のNINE」をぶつけてくれました。
お芝居のラストは、ある種の「消化不良感」や苦さを残して幕を閉じます。しかし、だからこそ活きてくるのが、「フィナーレ」です。
本編とは「全くの別物」として用意された贅沢なショーナンバー。本編であれほど艶やかな美女としてグイードを翻弄し、素晴らしい「人生参加」を見せてくれた7人の男役さんたちが、最後の最後、ビシッと男役でキメて登場されました。
お芝居でのモヤモヤや消化不良感を、宝塚のプライドと美学によって一瞬で至高のエンターテインメントへと昇華させてみせる。これこそが、他の劇団では絶対に真似できない「宝塚歌劇の『NINE』」の正解ですね。
「一人一人の可能性に触れたことで月組といたしましては、とても大きな自信につながりました」と、鳳月さんが力強く語ったこの言葉通り、今回の公演は月組の限界値を大きく押し上げました。
賛否両論を巻き起こすほどの問題作に本気で挑み、宝塚の枠を超えた芸術性と、宝塚でしかできないカタルシスを同時に味わせてくれた月組生、そして指田先生に、心からの拍手を送りたいと思います。
カーテンコールの最後、「月組といたしましては『天宮の
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