
こんにちは、くららです。
昨日の星組の暁千星・詩ちづるコンビが、タイ・バンコクでの訪日観光PRステージにたたれるということから、宝塚のアジアでの海外公演を思い出しました。
アジア・海外公演 星組が多い!
1998年:香港公演(宙組)新しく誕生予定の宙組配属メンバー(姿月あさとさん・花總まりさん等)で香港公演(香港文化中心)が行われました。
1999年:第1回中国公演(月組)真琴つばささん率いる月組により、北京と上海で公演。
2002年:第2回中国ツアー公演(星組)香寿たつきさん率いる星組により、日中国交正常化30周年を記念して北京、上海、広州の3都市で公演。
2005年:韓国公演(星組)湖月わたるさん率いる星組により、日韓国交正常化40周年を記念してソウル(慶熙大学・平和の殿堂)にて『ベルサイユのばら』などが上演。
2013年:第1回台湾公演(星組)柚希礼音さん率いる星組により、台北の国家戯劇院で初の台湾公演。
2015年:第2回台湾公演(花組)明日海りおさん率いる花組により、台北(国家戯劇院)にて『ベルサイユのばら』などが上演。
2018年:第3回台湾公演(星組)紅ゆずるさん率いる星組により、台北だけでなく高雄市でも公演が行われ、現地発の3次元人形劇『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』の舞台化が話題。
7回行われた海外公演のうち、4回が星組です。星組の持つ「熱く、エネルギッシュで、ゴージャス」な舞台スタイルは、現地の人々に宝塚の魅力を直感的に伝えるのに最も適しているのでしょう。
現星組トップコンビの暁千星さんと詩ちづるさんがタイ・バンコクのイベントステージに登場することが発表されました。「アジア展開といえば星組」という伝統的な強みは、形を変えながらも脈々と受け継がれていきそうですね。
また、海外公演で「一人の伝説的なタカラジェンヌの軌跡」を思い出しました。
元月組・星組トップ娘役の檀れいさんです。
檀れいさんの鮮やかな軌跡が教えてくれること
ネット黎明期の「ファンの手厳しさ」⇒公式掲示板閉鎖
2000年前後、インターネットが一般家庭に急速に普及し始めた時代。ファン同士がオンラインでおしゃべりを楽しむ掲示板(BBS)が大流行しました。劇団の公式サイトにもファンが交流できる「掲示板」が設けられ、賑わっていたのを覚えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
月組トップスター・真琴つばささんの相手役に大抜擢されたのが檀れいさんでした。
檀さんといえば、誰もが「絶世の美女」と認める圧倒的なビジュアルの持ち主。
舞台に現れるだけで、そこがパッと一瞬で花が咲いたように美しくなる、天性の華がありました。
しかし、完璧すぎるその美貌ゆえに、当時のネット掲示板では「ビジュアルは素晴らしいけれど、技術がまだトップのレベルに達していないのでは」という、ファンからの非常に厳しい書き込みが相次ぐようになっていました。
今のようにSNSのルールやマナーが確立されていない時代だったこともあり、公式掲示板での論争や批判のエスカレートは、劇団側が「生徒を守るため」に掲示板そのものを閉鎖するという事態にまで発展しました。
ファンとしては「もっと素敵な舞台が見たい」という純粋な期待だったはずが、文字になるとトゲとなって、一人の娘役さんに突き刺さってしまっていた時代でした。
血を流しながら大階段を降りる・凄まじいプロ根性
当時の檀さんが、どれほど孤独で、どれほど大きなプレッシャーの中で舞台に立っていたか。それを物語る、今でもファンの間で語り継がれる痛ましい、けれど気高いエピソードがあります。
真琴さんの相手役を務めていたある日の公演中、檀さんは舞台上でアクシデントに見舞われ、怪我をしてしまいました。血が流れるほどの怪我で、本来なら痛みに耐えかねて途中で降板してもおかしくない状況だったと言われています。
しかし、彼女は代役を立てることも、舞台を止めることも拒みました。
痛みを一切顔に出さず、ただひたすらに自分の役割を全うし、最後のフィナーレでは笑顔を絶やすことなく、大階段を降りて最後まで務めあげたのです。その時衣装に血がにじんでいたそうです。
これほどの責任感と、舞台人としての執念、まさに「涙ぐましいプロ根性」ですが、悲しいことに、当時の手厳しいファン心理は、この命がけのプロ根性さえも批判の対象にしてしまうことがありました。
どんなに血を流し、笑顔で努力を重ねても、一度ついたイメージのフィルターを通して見られてしまう。当時の彼女が置かれていた環境は、本当に過酷なものでした。
「楊貴妃の再来」異国の地が証明した、本物の『才能』
しかし、日本国内の狭いコミュニティがどれだけ彼女に厳しい言葉を投げかけようとも、本物の輝きは国境を越え、全く別の形で正当に評価されることになります。それが劇団の「海外公演」でした。
1999年、月組の海外公演として中国(北京・上海)公演が行われました。そこで現地の観客やメディアが目にしたのは、バッシングのフィルターを通さない、純粋な「舞台人・檀れい」の姿でした。
中国の人々は、彼女の圧倒的な美しさと、舞台に立った時の気品溢れる佇まいに文字通り熱狂し、中国史上の最高美女になぞらえて「楊貴妃の再来」という最大級の賛辞を贈ったのです。
その後、2001年に相手役の真琴つばささんが退団されると、檀さんは「トップ娘役から専科へ異動」という、宝塚の人事としては珍しい道に進まれました。
そして、2002年の星組中国公演の際、奇跡が起きます。なんと中国側から「どうしても、あの檀れいさんにまた来てほしい」という熱烈なオファーが届いたのです。専科からの特別出演という形で再び中国の地を踏んだ檀さんは、現地語での歌唱も見事に披露し、再び劇場を揺るがすほどの大喝采を浴びました。
客席を一瞬で魅了し、言葉の壁を越えて感動を届ける力。それこそが、何千人もの観客を平伏させる彼女の素晴らしい「実力」であるということが、海外公演の熱狂によって完全に証明された瞬間でした。
リベンジの果てに咲いた大輪の華、そして今思うこと
中国での大成功の後、檀さんは星組へと異動し、トップスター・湖月わたるさんの相手役として、再びトップ娘役の座に返り咲きました。経験を積んだ彼女は、もう誰からも文句のつけようのない、大人の気品と包容力を兼ね備えた最高のトップ娘役として、星組の黄金期を支えました。
さらに退団後、山田洋次監督の映画『武士の一分』で銀幕デビューを果たすと、その瑞々しい演技が絶賛され、日本アカデミー賞優秀主演女優賞をはじめとする数々の名だたる映画賞を総なめにすることになります。
かつて、劇団の掲示板で「実力が伴っていない」と手厳しく叩かれていた娘役が、日本映画界の巨匠や批評家たちから「日本を代表する女優」として認められたのです。これほど美しく、痛快なリベンジが他にあるでしょうか。
時が流れ、現代の宝塚を見渡してみても、私たちファンはやっぱり娘役さんに対して、どこか高い理想を求めて厳しい目を向けてしまいがちです。特に新しい娘役さんがトップ娘役に就任されるたびに、SNSでは技術的な面へのハラハラした声や、手厳しい意見が飛び交うのを目にします。それもまた、宝塚を愛するがゆえの「熱量」の一部なのかもしれません。
けれど、かつて檀れいさんが見せてくれた軌跡は、私たちに大切なことを教えてくれます。
歌やダンスの正確さだけが、タカラジェンヌの価値の全てではないということ。
舞台にパッと華を添える美しさ、一瞬で観客の心を掴むオーラ、そして見えないところで血を流しながらも笑顔を絶やさない凄まじいプロ根性。それらもまた、立派な、そして誰にでも真似できるわけではない「偉大な実力」だと思います。
ファンの私たちは客席から少しだけ厳しい目を緩めて、トップ娘役さんたちが背負う羽根の重さと、その笑顔の裏にある努力に、もっとたくさんの温かい拍手を送りたいな、と改めて思います。
ランキングに参加しています。
![]()
にほんブログ村
いつも応援してくださってありがとうございます。



