トップ娘役でも突然「次の公演でやめます」檀れいさん

こんにちは、くららです。
昨日は和希そらさんは、退団決意から集合日の退団発表まで、そんなに間がなかったことを書きました。

路線スターが突然退団を申し出ても、受け入れられることを知りました。でも、トップスターやトップ娘役さんは別だろう、と思ったところで、星組トップ娘役だった檀れいさんの話を思い出しました。檀さんの退団秘話もなかなか強行突破でした。

4年ほど前に、フジテレビの「なりゆき街道旅」で話されていました。(その内容をこのブログに記していました)

檀れいさんの退団秘話

MCは、お笑いコンビ「ハライチ」の澤部佑さん。

澤部:「退団する決断する悩みはなかったですか?」

檀:「もう2005年に退団するのは決めてたんです」

澤部:「それはもうあらかじめ伝えていたわけですか?」

檀:「伝えてなかったです。劇団には」

澤部:「自分の中で?」

檀:「自分の中で!いつ言っていいのかわからなくて、お稽古が始まるちょっと前に、次の公演でやめますと」

澤部:「もうチラシ刷っちゃっているじゃないですか!」

檀:「劇団の方はビックリしたと言うか、『もうちょっと早く言ってよ』って。でもちゃんと、いろいろ理解して下さって…」

檀れいさんの退団までの経緯

稽古が始まる前に劇団に退団の意思を伝える。
2004年10月1日~ 本公演『花舞う長安/ロマンチカ宝塚』
2005年1月7日 退団会見
2005年5月13日~ 本公演『長崎しぐれ坂/ソウル・オブ・シバ!』
2005年8月14日 退団

宝塚が計画していたこと

2005年9 – 11月 全国ツアー&韓国公演『ベルサイユのばら/ソウル・オブ・シバ!!』
2006年1月1日から 本公演『ベルサイユのばら -フェルゼンとマリー・アントワネット編』

2005年の秋に韓国公演を予定していたので、チラシが刷られていたのでしょう。

月組トップ娘役の時の「中国公演」で檀さんは中国の方々から「美しい」と大絶賛。その結果専科時代に「中国公演」に特別出演もされました。

その流れで、韓国公演でも檀さんの美しいマリー・アントワネットが期待されていたのだと思います。

檀さんは退団後映画『武士の一分』で銀幕デビュー

檀さんは退団後、2006年12月、映画『武士の一分』で銀幕デビューされました。

主役の武士は木村拓哉さん。 壇さんはその妻でした。映画は大ヒット。檀さんの鮮烈なデビュー作となりました。

そして、檀さんは日本アカデミー賞・優秀主演女優賞を受賞されました。
その後は、トップクラスの女優さんとして大活躍中です。

一方宝塚の星組は

白羽ゆりさんが、雪組から星組に組替して来て、檀さんの退団公演に出演され、檀さん退団後、星組トップ娘役に就任されて、全国ツアー、韓国公演、そして本公演と、マリー・アントワネットを演じられました。

白羽さんはトップスターの湖月わたるさんと2作組み、湖月さんが退団されました。その後、雪組にトップ娘役としてスライドして、水夏希さんの相手役として活躍されました。

退団の意思を伝えなかったなら、檀さんがマリー・アントワネットを演じられたのでしょう。気高くて美貌のアントワネットとして評判になったと思います。

そうすると、檀さんの映画『武士の一分』でのデビュー、日本アカデミー賞・優秀主演女優賞、トップクラスの女優の道もなかったかもしれません。

チラシが無駄になっても、劇団に退団の意思を伝えられて良かったと思います。

宝塚歌劇団も捨てたものじゃない

『もうちょっと早く言ってよ』と言って、劇団の立てている計画よりも、個人の希望を優先することができるところは、捨てたものじゃないなと思いました。

宝塚歌劇団はビジネスとして運営されていると思いますが、ビジネスより個人の意思を尊重することができるところが、「愛がある宝塚」なのでしょう。

タカラジェンヌであることは、人生の通過点でしかありません。宝塚人生のあとに、長い長いその人の人生が待っています。

そうやって、一人ひとりを大切にできる劇団は、すばらしいと思いました。

でも、その後の人生があるからこそ、トップスターとして縛られる年齢は若返り化した方が良いと思います。今のように全般に高齢化していることは、第二の人生の選択肢をせばめているように感じています。

劇団が、個人の退団の意思をそのまま受理できるのも、人材が豊富だからと言う点もあると思います。ずらっとスターが控えているから、どんなに素敵なスターが退団を申し出ても切り替えがきくのでしょう。

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