80キロ台だったタカラジェンヌ

昨日も「ベルサイユのバラ45」についての記事を書きましたが、今日もしつこく書き続けていきたいと思います。

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特別ステージにふさわしい水穂葉子さん登壇

ベルばら初演から45年を記念して行われるステージは、公演というより「祝典」、わかりやすい言葉を使うならと「お祭り」という言葉がふさわしいようなセレモニー的な催しです。

そしてその初日には、往年の宝塚ファンにとっては懐かしすぎる「あべこべさん」と言われていた水穂葉子さんが、トークでの進行役として登壇されました。1951年に初舞台を踏まれていますので、後期高齢者になって長いご年齢ですが、はつらつとしてお若い印象をもちました。

初演月組1974年ではランベスク侯爵夫人、1975年花組ではランバール侯爵夫人、1976年星組ではモンゼット侯爵夫人を演じられました。上品で華やかで客席を笑わせるコメディセンスに長けていらして、影のベルばらの立役者でもあります。

初演版はそれほどお笑い要素の強い侯爵夫人ではなかったようですが、モンゼット侯爵夫人は雪組では喜劇役者として有名だった岸香織さんが演じられた「悶絶」するほどオスカル様が大好きな侯爵夫人設定になりました。

その後星組でのモンゼット侯爵夫人は、ますますお笑い要素の強いオスカル様大好き侯爵夫人になっていきました。最後の1976月組の東京公演では、モンゼット侯爵夫人とモンゼット侯爵の両方を演じられてドタバタだったとか。昭和のベルばらの最後はお祭り仕様だったのでしょうね。何となくテレビで見たことを覚えています。

舞台の上でオスカルを前にして

「オスカルさまあぁぁぁ~」

「オスカル、オスカル、私のオスカル」

と悶絶しそうなほど酔いしれて叫ばれていたことが、懐かしく思い出されます。

名バイプレーヤーだった水穂葉子さん

「風と共に去りぬ」でも婦人方の噂話などでにぎやかなコミカルな場面がありましたが、この作品では、あべこべさんはマミーを演じられました。月組→星組→雪組→花組と、4組公演すべてにご出演され、情感あふれるやさしいマミーで、まさに適役でした。

その後も『春風の招待』『白夜わが愛』と植田紳爾先生の作品で活躍されて、退団されました。

シリアスなお芝居もコメディーも、何でもこなされ、植田紳爾先生の作品には欠かせない役者さんでした。現在のタカラヅカでは専科の人数がとても少なくなっていますが、昭和の頃はお芝居の上手な専科の方々の宝庫で、その方々の存在でお芝居がひき締まっていました。

話は少しそれますが、定年という制度のもと専科の方が少なくなっていることは、宝塚の課題だと思います。宝塚でも「定年廃止」の働き方改革がとりいれられていくと良いですね。しかし宝塚に在団することは独身であることが条件なので、かたや厳しいかなと思う点もあります。

また組に属している時点で専科に移動したら良い貴重なバイプレーヤーさんが、簡単に退団されるのも惜しいなと思っています。

驚くべき体重を公開

ふくよかな侯爵夫人、ふくよかなマミーを演じられたあべこべさんは、とても恰幅のよい方でした。

そして初日にステージ上でその頃の体重を仰ったのです。たしか80キロ台の数字を言っておられたような…

私は残念ながらそのステージを観ることはできませんでした。懐かしく初日に関しての記事などを読んでいた時に、その数字を目にしました。83だったか、85だったか、はっきりとした数字は記憶していませんが、「80キロ台?」とひどく驚いたことだけは覚えています。

そのことをここに書くために、記事をさがしましたが、見つけることはできませんでした。

現在のあべこべさんは、とてもスマートになっていらっしゃいました。だからこそ、その驚くべき数字を公開されたのでしょう。

しかし、タカラジェンヌが現役の時に、80キロ以上体重があったなんて信じられませんが、昭和は本当に平和な時代だったのだなと思います。

「笛吹と豚姫」の主役を演じた水穂葉子さん

そして調べてみると、あべこべさんは、「笛吹と豚姫」で主演されているのです。豚姫ですよ。

1965年の花組公演です。

頃は室町末期。
笛の巧みな笛彦は、旅から旅へと渡り歩く旅芸人の一座の中心として、人気一身に集めていた。

ところがある村の長者の一人娘・お柳が笛彦に恋し、彼女の切なる願いによって笛彦は一座を離れお柳に笛を教えることになった。

しかし、笛彦は豚姫とあだ名される醜いお柳を慕うはずもなく、かえってお柳の母・ゆきに自分の亡き母の面影を見、恋い慕うようになっていった。

だが、こんな関係は長くは続かなかった。

同じくゆきに恋していた代官によって笛彦は村を追いだされ、元いた一座に帰っていった。

お柳はけなげにも笛彦の後を追い、一座の下女として暮らすようになったが、笛彦はお柳の純情を無視し、辛く当たっていた。

笛彦は琴の名手・琴姫に出会い、恋の虜となってしまったが、琴姫は笛彦をきらって京の男・藤麻呂へ走った。

冬が来て、笛の一座は解散した。

ただ一人、笛のくぐつ師となり、旅を続けていた笛彦は、とある村で“笛の歌”を子供たちが歌っているのを耳にした。

それはかつて笛彦がお柳に教えたことのある懐かしい歌であった。

お柳は今、どこにどうしているのか……。
笛彦の頬に熱い涙がこぼれた。

出演者星空ひかる・淀かほる・上月晃・古城都・近衛真理・薫邦子・白雪式娘・美吉左久子・淡路通子・水穂葉子・三田信子・北原真紀・鮎川三知代・鮎川三鶴・歌川波瑠美・美山恵津・美吉野一也・木花咲耶・岬ありさ・晴野暁美・常夏めぐみ・郷ちぐさ・水はやみ・清はるみ・美保津久志・榛名由梨(引用:公演プログラムより)

【天使が見ている】と併演で、星空ひかるさんのサヨナラ公演で、たくさんのスターさんの名前が並んでいます。

お話の内容をみるとそれほど突飛なものではありませんが、タイトルの豚姫があまりにもストレートです。しかしその頃は笑って流せるものだったのでしょう。

今では夢の世界の宝塚にこんなタイトルは考えられませんし、言葉に厳しい世間がゆるしません。

宝塚が夢夢しい世界とイメージされるようになったのは、「ベルサイユのバラ」から全国的な人気になって、そのイメージが焼き付いて、夢のおとぎの世界宝塚となったのかもしれませんね。「ベルサイユのバラ」は、夢の馬車が出てきたり、とにかくメルヘンが広がる世界ですから。私は「ベルサイユのバラ」から宝塚ファンになったので、その宝塚の夢夢しさが好きなのです。

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タカラジェンヌと体重

タカラジェンヌの体重は公開されませんが、ハードなダンスのお稽古を重ねているので、総じて学年に比例して、痩せていく方が多いです。中にはスタイルを気にして無理なダイエットをしているジェンヌさんもいるかもしれません。娘役さんはリフトで男役さんに負担をかけたくないので、公演中は少しでも体重を落とすように心がけるとも、聞いたことがあります。

初舞台性のラインダンスは、みんなで並んで足を出して踊るので、スタイルの隠しようが無く、ぽっちゃりしていたら、たちまちファンに「太っている」という印象を与えてしまいます。スマートな人ばかりの集団の中では、少しでもぽっちゃりしていると目立ちます。過酷な世界です。

私は自分が細い方ではないので、ぽっちゃりジェンヌを目にすると微笑ましく感じると言うか、「太っていてもいいと思うよ」と肯定したくなりますが、ファンの中には自分のことは棚に上げて厳しい見方をする人もいるので、かわいそうだと思います。

昭和の時代のタカラジェンヌは、あべこべさんが何の違和感も無く存在できたように、ぽっちゃりしたジェンヌさんもそれなりにいたように思います。

「ベルサイユのバラ45」でアントワネットとして美しい歌声を聞かせてくださっている初風 諄さんは、初演のアントワネット役の時に植田先生から減量するように注意されたそうですが、植田先生が医師から「減量させると美しい声がでなくなるよ」とアドバイスされて、その体型のままでいいと考えを改められたというのは、有名な話です。

今のタカラジェンヌも体重に関して、もっとおおらかで良いのではないかなと思います。

雪組のトップ娘役だった愛加 あゆさんは、現役の時は少しだけぽっちゃりしていましたが、私は可愛くて好きでした。現役時代何とか痩せようといろいろと努力してもあまり痩せなかったのに、退団したら痩せられたそうです。痩せなければというストレスが反対に作用することもあると思います。

現役のジェンヌさんたちも、水穂葉子さんや初風 諄さんのように、体重など関係なく、個性として魅力を発揮することに重きをおける環境になれたらいいなと思います。

そしてトップスターになると、忙しさと重圧からやせ細っていく姿をみていて気の毒になるので、やせ細らなくても良い環境がトップスターに整えられたらと思うのですが、それも難しいのでしょうか。

あべこべさんの体重から、日頃思っていることまで、書きなぐってしまいました。
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